お姫様の冒険 2









陽子はぼんやりと、御璽を貰いにきた美麗の麒麟を見つめていた。
陽子の仕事が終わり、書類を受け取るまで帰れないので、側に控えていた浩瀚とあれこれ仕事の話をしている。

まさか、己の麒麟があれ(※一話参照)だったとは、――――

予想の範疇を越えたビックイベントに、景王は鳥肌と身震いを抑えつつもゴン、と机に頭を突っ伏した。またなにやら良くないことを考えておられる…といった四つの瞳が紅髪を射る。まぁ実際そうなのあるが、陽子はもはや全面的に、景麒と浩瀚の仲を疑うことはなかった。たしかに景麒は浩瀚には弱い。陽子が、いくら休めといっても仕事を切りあげない景麒なのだが、浩瀚の言葉は素直に受け入れる。要は、恐ろしいだけなのだが。

「――――。それで、今後の予定としては、―――――」
「やはり、雨季を避けては通れないのでは、―――――」

陽子は頬杖をついて浩瀚の怜悧な面立ちと、膝裏まであるいっそうざったいほど長い金の髪の後ろ姿を眺める。冢宰は座っているが、立ち上がれば景麒には及ばないものの、かなりの長身だ。双方とも、細身で立ち姿など、絵になるだろう。 だが、陽子にはその手の趣味はないので良さがわからない。とにかく今、三人しかいない執務室から逃げ出したい衝動に駆られる。非常に気まずい。スーパーで知らないおばさんに「おかあさん」と呼び掛けてしまった時くらい気まずい。偏見や嫌悪は一切無いが、どう対応していいかがわからない。

――もしかして、今私はお邪魔なのか!?いや、しかしここでわたしが出ていって、そうしたら、その後はふたりのせかい……執務室は桃色!?? う、うわぁ〜…

心の中で悶絶する陽子を後目に、宰輔と冢宰は淡々と言葉を交わしている。そういう親しい仲なのに、陽子の前ではこうやって何事もなかった素振りをしている二人。たしかに世間的にはひた隠すべき関係。だれにも認められることの無い関係。

――――そんなのって、なんかちょっと切ないなぁ…

ふたりが分かり合えているのならそれでいい。だが、恋愛経験皆無の陽子にはそういった恋人同士の充足感をすべて 理解はできなかった。大きなお世話だということはわかっているが、胸に切ないのだ。
「主上、主上はどう思われますか」
突然の問いかけにはっと顔を上げると、近くで白い能面顔が上から覗き込むように陽子を見ている。
「あ、悪い。聞いてなかった」
「何度もお呼びしましたが」
まさか、お前達の桃色世界を想像していた、などとは断じて、口が裂けても言えない。
はぁ、とこれ見よがしに溜息などついて、景麒は話の要約をつらつらと述べた。
「土木工事の日程についてです。そろそろお決めいただかないと、」
「ん、わかってる。それについては大体考えがあるから、あとでまとめておく。それより景麒、お前もう仕事終わったのか?」
「?…ええ、はい。瑛州候での責務は終えましたが…何か?」
「ああ、ちょっと話がしたくて…。夕餉の前に時間を空けてくれないか」
「え…」
ゆっくりと目を開き、景麒は二三、瞬きをした。かなり驚いているらしい。確かに、こうやって陽子から僕を誘うのは初めてのことだった。
「だめか?」
不安げに首を傾げて、長身の麒麟を見上げれば、固まっていた景麒は複雑な表情を一瞬見せて、「わかりました、」と頷いた。その間、黙々と筆を滑らせている浩瀚を見て、陽子は思う。やはり、はっきりさせておかなければ気になってしょうがないのだ。



陽子と景麒は庭園の池の前に立っていた。
「景麒、おまえさ、好きなひといるだろう?」
「……い、いきなり何を、おっしゃいますか。――――もしや、何か変なものでも拾い食いしたのではありませんね?」
軽い嫌味にむっとしながらも、陽子は背筋を伸ばして立ち、景麒の言葉をとどめるように手を突き出す。
「いや、隠さなくてもいい。個人的なことなんだし、あまり首をつっこむのも良くないとは思ったんだが、やはり気になってな…」
怪訝そうに眉を寄せる白く秀麗な相貌を、陽子は目を細めて見る。妙に切なかった。
「どんなに相手との間に傷害があったとしても、それは関係ないんだよ。わたしのような子どもが言うのもなんだけど、好きになったものはしょうがないんだ」
たとえ、相手が男だったとしても…と陽子は心の中で付け足す。
「主上?」
なにやら口を開きそうな景麒を見て、陽子は辛そうに言う。
「いい、直接言葉にするには、言いにくいことだろう。私はそういう偏見はないが、一般的に世界は、そういう感情を、おまえの抱く感情を、この国は認めてくれないだろう。今はまだ、――だが、わたしが変えて見せるから。何年かかるかわからないが。お前が自由に恋人を愛せるような国をつくってみせるから。だから、負けるなよ、ガンバレ景麒」
「はぁ…で、主上。何のお話でしょうか さっぱり訳がわかりません」
「だから、お前浩瀚と付き合ってるんだろ!?今更すっとぼけるな」
「は?」
抜けた声の後、見る見るうちに蒼白になった景麒を見て、陽子は図星だな、と確信する。(間違い)
「頑張れよ、景麒」
爽やかな太陽のごとき笑顔。景麒はなぜこんな勘違いをしているのかと、己の主人の脳内構造に不安を覚えずにはいられなかった。


そのころ、執務室での冢宰は、今日は妙に主上の視線が熱かったな、と。
その訳を勿論知りながらもくすくすと楽しげに笑っていた。


金波宮は今日も平和でしたとさ。












2005/5/10
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