その日金波宮は騒然としていた。
宮内のほとんどの女性たちの噂話を独占し、尚かつ黄色い声を沸かせる話題が広まった。
結論から完結、明朗に示す。


浩瀚×景麒 説が浮上したからである!




お姫様の冒険 1










「きあぁあああああ」
と鼓膜が破れそうなほどの黄色い声(といっても台輔という国唯一の尊い御方に対して、叫び声を浴びせるなどもってのほかであるので「心の中で」だが)に揉まれながら、女官や女御たちの異様な目つきに怯みながら景麒は回廊をゆったりと歩いていた。
本日はいつもの黒の官服とは違い、上品な範国製の衣を纏っている。景麒の側仕えの女官が朝一番にそれを着せてきたので「なぜ今日に限って?」と疑問に思いながらも抵抗せずに景麒はそれを着た。あまりにも見窄らしいもの以外には特に抵抗がないのだ。 淡く冷たい色合いの金の髪が波打ち、瞳の色に合わせた紫の生地の衣が引き立つ。端麗で色気すら零れるその姿はさながら、女官達の丹誠込めた最高傑作であった。

景麒の前方に人影が現れる。細身の長身、黒髪にきちんとした佇まい。忙しいながらも常に汗ひとつ流さず、涼しい顔で人の10倍の速度で仕事をこなす男。怜悧な三十前後の男。
その場に居た女官たちの眼がそわそわ、そわそわ。

「浩瀚」
景麒が前方を歩く浩瀚を見つける。感情の見えない声音が響いた。
「台輔、どうなさいましたか」
「これから瑛州へ向かうので、こちらの書類を主上へ渡しておいてくれ」
「わかりました。ですが、私もこれから少し立て込んでおりますので、しばらく後になってしまいますがそれでもよろしいですか」
「構わない。急を要することではない。ただ主上はなかなか内容を飲み込んでくださらないから、出来れば早めに届けてくれ」
わかりました、と冢宰が浅く礼をとる。景麒はそれを見て浩瀚に書類の束を手渡した。受け取りながら、短く思案した風な浩瀚が言う。
「そういえば、台輔。今日は随分とお美しい」
「は?」
「何かございましたか?式典以外でそのような優美な格好をなされるとは」
「あ、いや…」
語尾を濁す景麒に、浩瀚は女性なら誰でも赤面するようなスマイルを放った。
「最近は肌の艶もよろしゅうございます。台輔が健康なことは国にとっても良いことですし、美醜をどうこう言いたくはないのですが主上とそろってならばれても、台輔は見劣りしませんでしょう」
「………」
景麒は赤面した。




その光景を目撃した女官数名は内心叫びだしたい思いにかられながらも、すました顔でそこを通り過ぎたり床を磨いたり、と手や脚を休めない。景麒の側仕えの女官に「いい仕事した!!」と声援を心の中で送る。
前々から仲が良すぎるとか、夜中に部屋を逢瀬しているとか、並ぶと見た目お似合いだとか噂が白熱していたのだが、こうして更に浩景熱に拍車が掛かった金波宮の春だった。





その頃我が君、主上はといえば最近もっぱら稽古場で剣術に熱中する毎日だった。桓タイ曰く、成長期らしく、腕を磨けば磨くほど面白いほど上達していくので全く飽きない。
「ああ、汗かいたな」
と、手ぬぐいで汗を拭いつつ湯殿に向かい、さっぱりとした後、蓬莱産のジーパンを履く。 これはというと隣国の麒麟に頼んで誕生日プレゼントとしてもらったユ○クロジーンズだったりする。
蓬莱にいたころはズボンなんて履いたら説教だったのにな、とすこしセンチメンタルになったのも最初のうちで。 動きやすい上に着やすいそれを陽子は重宝し、最近、内宮ではずっとこの装いだった。 いっそ慶国の名産にしてやろうか、と言ったら 某麒麟や専属の女官、友人などには顔を真っ赤にして怒られたが。


書類をぱらぱらとめくっていたら扉を破るがごとく友人達が部屋へ入ってきて陽子は大げさに椅子ごとひっくり返った。
「な、なんだ!祥瓊、鈴!」
「陽子!!大事件よ!!」
大事件とは何事かと、真面目気質の陽子は飛び上がって机に手をつく。しかしふたりのにやけた顔をみて、それほど切迫した事態ではないことに少し安堵しながらも猜疑を深める。
「で、いったい何があったんだ?」
椅子に座り直し落ち着いた様子で、凛々しい貌で微苦笑する陽子は流石慶国国主。ますます貫禄溢れている。ここ最近、蓬莱のズボンという名の着物の影響か、陽子がますます漢前になってきて、友人二人は少し彼女を心配していた。
女に異常なほどモテるのは、彼女にとって良くも悪くも問題はない。だが男から見ると、陽子は「仲間」とか「理想の男」とかそんな感じで留まっているらしい(桓タイ談)。
まずい…まずすぎる…とはいえ、今この話題は別にしておいて、本題に入るとしよう。


祥瓊は身を乗り出して陽子に詰め寄った。
「みたのよ!!あの噂は本当だったのよ!!」
鈴もにこにこ微笑みながら便乗。
「どちらかというと景浩だと思ってたんだけど、私」
陽子はいったい何を言っているのかわからない。景浩?傾向?蛍光灯?
「ちょ、…ちょっとまて落ち着けって。一から教えてくれないか」
「もしかして陽子しらなかったの?もう金波宮じゃあ有名な話なのに」
「?」
「台輔と浩瀚様の話よ。最近では二人は夜、浩瀚様の部屋にこもりきりらしいし、もう確実だわ」
「だから何?べつにおかしくないだろう。宰輔と冢宰なんだから夜中に仕事くらい…」
「普通どこの王宮でもそんなことしないわ。麒麟と言えば宰輔という地位はあるけれど、峯燐なんか大事にされててめったに官吏とは接触しないようにしてたわよ」
と祥瓊は淡々と述べる。
「そうなのか?でも別に何が悪いって…別に夜中に女の部屋に行くわけでもない…………え?」
陽子は絶句した。

まさかまさかまさかーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


祥瓊が夢見るように手を胸の前で組み合わせる。
鈴はワクワクといった顔で微笑む。
陽子は真っ青。
「前々からそういう噂はあったのよ。ほら、あのふたりって陽子が登極する前からの顔見知りじゃない?陽子がこっちにきてからは、台輔は心強かっただろうけど、予王時代からその後空座の間、台輔ってば相当心細かったんじゃないかしら…」
「た、たしかに…」
陽子が来てからも、金波宮の中には、王と麒麟の味方は居なかった。
あからさまに女王を選んだ景麒を罵倒する声もあり、それを何度耳にしたことか。
陽子以外に信用できるものが居ない間、景麒はどんな心細い思いをしてこの場所に立っていたのだろうか。

陽子は切なくなり、紅い前髪をくしゃりと掻いた。
「そんな中で浩瀚様のことは台輔も信用していたみたいだし、それにあんなに国のために尽くしてくれる人って官吏じゃ浩瀚様以上の人いないじゃない?」
「た、たしかに…」
機転がきくし、博識だし頼りになる。しかも人の10倍の仕事速度。顔もいい。だけど…
「で、でもだからといって、男同士でどうこうなるわけじゃないんじゃないかな?」
顔を引きつらせながら陽子は言うが、「それがいいんじゃない」と祥瓊に一蹴りされてしまっては陽子は何も言えなくなった。
「それでね、さっき回廊でふたりが仲睦まじく語り合ってるのを見たの」
祥瓊が景麒のまねをし、鈴が浩瀚のまねをしてシュミレーションをすることにした。「いい、陽子。完全に再現するからしっかり見ておきなさい?」そしてふ、と瞑目した後、祥瓊が「浩瀚」と無表情で鈴に呼びかけて少しだけ微笑んだ。
「どういたしましたか、台輔」
振り返る鈴も満面の笑みで祥瓊を迎える。
「主上にこちらの書類を届けてほしいのだが…頼んでもいいか」
すこし恥ずかしそうにもじもじと上目遣いに鈴を見る祥瓊。その様子を見て、鈴はくすりと笑う。「わかりました」と一言言って礼をし、愛おしい人をみるかのように祥瓊を眺める。
「台輔、今日はお召し物がいつもと違うのですね」
「はい」
「本当にお美しい。主上と並んでも見劣りいたしませんね。いえ、主上など眼ではない。むしろあなたの方が私は好みですよ」
「あ、いえ…そんな」
祥瓊は赤面する。鈴はにっこり笑って祥瓊の手を取る。
「最近は肌の艶もいい。白くて…透き通るとはこのことですね。毎晩励む甲斐がありますよ」
と良いながら祥瓊の頬に手をそっとあてる。祥瓊は益々赤面して俯く。
「これから私の部屋へ参りませんか?なに、仕事をするといえば誰も咎めません。あなたの顔をもっとみていたい」
「いえ、…しかし、私は主上に書類を…」
「主上はこういうことに関しては鈍感ですから気づかれません」
「浩瀚(赤面)」
「ささ、こちらへ」
「…………………なんか感じ悪いぞ、私に喧嘩売ってないか?」
憮然とした顔で陽子が口を挟んできた。
「だってそういう噂になってるんだもの。でもほとんどこんな会話が繰り広げられていたわ。間違いない」
そこまで言われたら陽子は鳥肌を立てながらも信じる以外道はなかった。
私の前では気を使って、仲良くないふりをしていたのかもしれないな……
麒麟だとて恋はするのだ。愛に性別も国境もない。その上、景麒が精神的にまいっていた時に少しでも支えになった人物で、今も誠
実に国を支えていてくれる冢宰ならば、きっと景麒を幸せにしてくれるだろう。
「わかった。応援しよう」
陽子は誰にも聞かれないくらい小さくそう呟いた。

陽子は知らなかった。
これは女の子特有の妄想という遊びであり、実際に真に受ける人はあんまり居ないと言うことを………しらなかった…………







おまけ
三人の娘がそれぞれ思惑に浸っている頃、そのころ景台輔は瑛州で執務の途中だった。ふと筆を置き、遠くに見える金波宮を眺める。
景麒はつい先ほどの浩瀚との会話を思いだしていた。

ーーー主上とそろってならばれても、台輔は見劣りしませんでしょうーーーー

景麒は僅かに口角を持ち上げる。
浩瀚は口は上手いが無駄なお世辞は言わない人物だ。ならばあの言葉も本当であるだろう。

「私は主上に、お似合い、か…」

最近主はますます美しくなられて、手の届かない存在に思えてきていた昨今。その主と、見劣りしないほどだと言われるのならば 嬉しくないわけはない。

景麒は俗に言う『傾国の笑み』で一人微笑した。












2005/5/10
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